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Scrapbook!

スクラップブック! by 愛書家日誌

大乱歩の大休筆 ー 江戸川乱歩は休筆中何をしていたのか?

大正十四年に専業作家になってから現在まで満三十一年余だが、そのうち十七年休筆していたのだから、正味十四年あまりしか働いていない勘定になる。書いているより休んでいる方が多かったのである。 ー江戸川乱歩「私の履歴書」

江戸川乱歩は長い作家生活の中でたびたび休筆をしました。休筆中の乱歩は一体何をしていたのでしょう?昨年に続き、江戸川乱歩を特集します。

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一回めの休筆 ー 昭和二年(1927年)三月から十四ヶ月

理由:愚作「一寸法師」に嫌悪を感じて

乱歩は朝日新聞に連載していた「一寸法師」を気に入らず、連載中から休筆を考えていました。世間の評判は上々でしたが、探偵小説らしくない通俗なものを書いているという自己嫌悪にさいなまれました。

地獄の道化師・一寸法師 (春陽文庫―江戸川乱歩文庫)

地獄の道化師・一寸法師 (春陽文庫―江戸川乱歩文庫)

何をしていた?

奥さんに下宿屋を任せる

乱歩は休業に際して、これまでの印税を元に妻子を養う商売を考えました。鯛焼き屋、撞球屋など検討した結果、早大正門前の下宿屋「筑陽館」を購入しました。奥さんにこちらの経営を任せ、自分は放浪の旅に出ます。下宿はすぐに満室になりましたが、それほど儲からなかったようです。

各地を放浪する

妻子を家に残し、乱歩はあてのない旅を続けました。魚津へ蜃気楼を見に行ったり、佐渡へ渡ろうとして渡船屋で嫌になったりするだけでなく、浅草にみすぼらしい部屋を借りて毎日浅草公園をぶらついて巡査に勾留されかけたりしています。魚津への旅で浮かんだものが「押絵と旅する男」の元となりました。十四ヶ月の休筆の後、乱歩は中編「陰獣」で華々しく復帰します。

陰獣 江戸川乱歩ベストセレクション (4) (角川ホラー文庫)

陰獣 江戸川乱歩ベストセレクション (4) (角川ホラー文庫)

二回めの休筆 ー 昭和七年(1932年)三月から一年八ヶ月

理由:平凡社の全集の印税で当分生活に困らないから

昭和六年に平凡社から発売された全13巻の江戸川乱歩全集は乱歩自身も書店回りなどの宣伝につとめた結果、売れに売れ、24万部を超えました。経営に行き詰まっていた平凡社を立て直したと言われています。当分生活に困らなくなった乱歩は自己嫌悪に耐えない小説など一刻も早くやめたいと考え、各社に挨拶ハガキを出して休筆を宣言します。
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○江戸川乱歩全集 平凡社 昭和六年 / 画像引用元

何をしていた?

殺人事件の犯人と疑われる

乱歩の休筆と同時期に猟奇的な玉の井殺人事件が起こり、その残虐さに心を痛めて休筆をしたとか、何かと結びつけて語られました。中には乱歩こそが犯人であると警察に投書した人もいました。

精神分析に凝る

筑陽館の後に経営していた下宿屋「緑屋」で下宿学生の争議が起こり、面倒になった乱歩は下宿屋を廃業しました。以降、30室以上ある家に家族だけで住むという奇妙な生活をしていましたが、昭和八年になると乱歩は誘われて大槻憲二主宰の精神分析研究会に参加し、機関誌「精神分析」にも寄稿しています。人嫌いのため会には半年ほどで出なくなりました。

三回めの休筆 ー 昭和十年(1935年)五月から八ヶ月

理由:「悪霊」の中断や「石榴」の失敗に嫌気が差して

「新青年」昭和八年十一月号から連載を開始した「悪霊」は久々の本格推理小説として注目を集めますが、3回の連載の後、中断し乱歩は読者に向けたお詫び文を掲載しました。また満州事変の勃発以降、推理専門雑誌が続々と廃刊となる中、中央公論から何を書いてもかまわないという依頼を受けて力を入れて書いた「石榴」は世間の評判が悪く、乱歩は推理作家としての自分の力に疑問をいだきました。


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何をしていた?

蓄膿症を手術する

乱歩は若い頃から鼻が悪く、それをずっと我慢していましたが、この休筆中に蓄膿症の手術を受けました。乱歩はこの後も何度か再手術を受けており、「私の創作力と蓄膿症の関係」という小文も書いています。

評論家として幅広く活動する

乱歩は自ら編集した「日本探偵小説傑作集」の序文として書いた評論を皮切りに旺盛な評論活動を始めます。翌年の昭和十一年に春秋社から評論集「鬼の言葉」としてまとめられ出版されました。同年に「怪人二十面相」を「少年倶楽部」に連作開始し復活、少年物という新たな境地を切り開いていきます。

鬼の言葉 (江戸川乱歩推理文庫)

鬼の言葉 (江戸川乱歩推理文庫)

四回めの休筆 ー 昭和十六年(1941年)ごろから戦後十年以上

理由:戦時の情報局の方針で探偵小説が書けなくなる

昭和十四年に「芋虫」が反戦的だという理由で発禁になった後、昭和十六年には全作品が発禁となります。戦争が始まると探偵小説は少年物でさえ執筆できなくなり、乱歩は隠棲を決意します。

芋虫  江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫)

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何をしていた?

池袋三丁目北町会副会長を勤める

昼間暇にしている大人が他にいない、という理由で防空群長を引き受けさせられた乱歩ですが、童心にかえって活発に防空訓練をやっているのが町会長の目に止まり町会役員に推挙されます。そして翌年には町会副会長となりました。このことから隣組や町会での付き合いで人に慣れ、昔の厭人病者が好人病者に変ったそうです。

まとめ

スランプにおちいるとたびたび休筆していた乱歩ですが、休むことでエネルギーを蓄え、新たなステップに踏み出したように思えます。乱歩の暮らしぶりや人となりは本人が作ったスクラップブック・「貼雑年譜」や自伝の「探偵小説四十年」、息子の平井隆太郎が書いた「乱歩の軌跡」に見て取ることができます。

貼雑年譜 (江戸川乱歩推理文庫)

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